人生50年生きていると
ふと
人との繋がりの大切さを感じる事がある。
実際に私生活でも、仕事でも、今以前に何らかの形で
知り合った人たちとの絡みで人間関係が形成されてい
る。
だから 選挙で言われた「しがらみの無い〇〇」な
んて無理だと思う。
しがらみを無くする人は 簡単に「排除」出来るのか
もしれない。
まあ、それはよしとして、
先日 目に留まった文章があったので載せてみまし
た。
以下、ある教師の回顧録です。↓
ある年、五年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを
記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思っ
た。
二年生になると、
「母親が病気で世話をしなければならず、 時々遅刻
する」
と書かれていた。
三年生では
「母親の病気が悪くなり疲れていて、教室で居眠りす
る」
三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い悲しんでいる」 とあり
四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール
依存症となり子供にも暴力をふるう」
先生の胸に激しい痛みが走った。
ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の
人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かれた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも
勉強していかない?分らないところは教えてあげるか
ら」
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱
心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜び
がわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。
少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫ん
だ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマ
スだ」
六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。 そして
いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」
そして6年後。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で
先生に担当してもらって、とても幸せでした。
おかげで奨学金をもらって医学部に進学することがで
きます」
十年を経て、またカードがきました。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に
叩かれた体験があるから患者の痛みが分る医者になれ
る
と記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先
生を、
神様のように感じます。大人になり、医者になった僕
にとって
最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生
です」
そして一年後。 届いたカードは結婚式の招待状だっ
た。
「母の席に座ってください」
と一行、書き添えられていました。
人は一つの出会いで人生が変わることがあります。
人は一つの出来事で人生が変わることがあります。
人は一つの言葉で人生が変わることがあります。
「人に与えること=人から受け取ること」です。
旅先で写真を撮ってほしかったら先に写真を撮る。
愛してほしければ、先に愛する。
自分が楽しみたければ、誰かを楽しませてみる。
感動したかったら、誰かを感動させてみる。
お金が欲しかったらお金を寄付してみる。
「欲しかったら与える」これが究極の法則です。
これを、成功者の世界では
ゴールデンルールと呼んで実践しているそうです。
私は、小さな人間なのですが
少しでも実践できるよう心掛けてゆきます。
上の様な内容でした。
私も共感しました。
実践は中々出来ていないですが
今後も心がけてゆきたいと再認識させられました。